第5回日本放射線外科学会 会長 中野 隆史 (群馬大学大学院医学系研究科腫瘍放射線学分野) |
古代インド哲学には、人生を学生期、家住期、林住期、遊行期の四つの時期に分けて考え、社会人の務めを終えすべての人が迎えるもっとも輝かしい「第三の人生」として「林住期」が重要視されています。かつて、がん医療では、如何に生産世代(家住期)の患者を救済するかを重要視した時代がありましたが、現代では、高齢化長寿命社会の到来と相互して、「林住期」や「遊行期」の人生の充実を重要視する、人生哲学のパラダイム変換が起こったと考えています。単に生存期間を延ばすことから、「よりよく生きる」、質の高い社会的精神的活動が可能な期間の増大が求められています。この意味で、多発性脳転移の患者さんを放射線外科治療で一つ一つ丁寧に転移病巣を治療し、自宅での余生のQOLを重視するがん医療の姿勢は極めて今日的であると言えましょう
通常の放射線治療法は多分割照射法を主体とした放射線生物学的学術基盤の上に構築されていますが、特に、細胞増殖能に対する放射線生物効果の解明に比べて、生理機能に対する放射線生物学はあまり進んでいません。一方、放射線外科治療は、脳外科医の長い経験の積み重ねにより最適な治療法が確立されてきたと思います。しかし、その生物学的根拠は十分には説明されているとは言えません。EBMが尊重される昨今の臨床においては、今後の治療法の更なる最適化、新治療法の開発など臨床展開を図るに当たり、放射線生物学的な根拠を明らかにして展開する必要があります。幸い、腫瘍並びに正常組織における寡分割照射法の放射線生物学的な基礎知識が着実に集積されており、不均等照射が一般的に行われる放射線外科治療において、その臨床成績を放射線生物学的な見地から分析し、その根拠を明らかにする時期に来ているように思います。そこで、本大会を、臨床経験の積み重ねから得られた治療法を基礎医学的に解釈し、その学問体系を構築して、その学問基盤から、更なる治療技術の進歩に止揚(アウフヘーベン)する契機と捉えました。
本大会では、放射線腫瘍医、放射線生物学者、脳生理学者、脳外科医等の学際的な専門家がこの学問空間に一同に会して、基礎から臨床へ、臨床から基礎への相互方向の学術的トランスレーションを積極的に試みたいと思います。本大会が来たるべき治療技術のアウフヘーベンに微力ながら寄与出来る契機となったら幸いです。
平成25年7月吉日